松あき子の部屋

私が観た日本の伝統芸能・工芸品などを書きとめます。

最後の独演会 〜染弥 菊丸襲名への道 vol.2〜

この9月、大阪上方落語界に115年ぶりに大きな名跡が戻ってきます。三代目 林家菊丸の誕生です。襲名されるのは林家染弥さん、染丸師匠の6番目のお弟子さんです。そして私の最も好きな噺家さんです。私が染弥さんを聴き始めたのは2008年からですので、まだたった6年程です。古典芸能にハマるきっかけとなった、忘れもしない天満天神繁昌亭の9月の天神寄席に出ておられたのでした。演目は「ふぐ鍋」。私は初めての生落語体験です。染弥さんの落語は軽妙でテンポ良く、登場人物が皆活き活きとしいて、一気に引き込まれました。今でも鮮明に覚えています。

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その染弥さんの染弥としての最後の独演会が先日、繁昌亭にて行われました。「青菜」「千両みかん」と初演の「吉野狐」を務められました。「千両みかん」はもう何度か聴いていましたが、今回は少し印象が違い、いつもよりすっきりした感じでした。その分、最後に番頭がみかん三房(三百両)を持ってドロンする一瞬の心情がより鮮明であったように思います。会社勤めをするものであれば誰もが、深く共感できる部分ですよね。面白かった「吉野狐」は、二代目菊丸による明治時代の新作だそうです。文楽の「芦屋道満大内鑑」の「葛の葉子別れの段」を連想させる、心温まるお話でした。二代目が活躍されていた頃の大阪は浄瑠璃も盛んな時代、そこから着想を得たのでしょうか。恩を受けた狐が、その恩人の惚れた女の姿に化けて現れ恩返しをする、という物語です。文楽では、正体を現した白狐は夫と子供への断ちがたい想いを抱えながら、蘭菊を踏み分け信田の森の古巣へと帰って行きます。落語ではその様子がまた違う言葉で表現されます。ホロリとしながらもニヤっと。さすがです。

 

それにしても名跡の襲名というのは、どのような気分なんでしょう。私は勝手に寂しさを感じているのですが、でも、今回の「吉野狐」や前回挑戦された同じく二代目菊丸作の「不動坊」などを聴いていると、三代目菊丸の落語が楽しみでもあります。染弥さんは以前から女形に定評があるのですが、その艶っぽさに息をのむような形でした。それが今回「青菜」では、ご隠居の奥方が登場しただけでワッと笑いが起きてましたからね。色気だけでなくユーモアや可愛らしさのある女形もあるんですね。菊丸という、力強さと同時に繊細な響きのある名前は染弥さんの雰囲気にとても合うと思います。華やかに香り立つような、そんな大きな名前へと育てていかれることでしょう。一人のファンとして、これからもずっと聴いていきたいなと、改めて感じた夜でした。